流産・不育症・習慣性流産・不妊・排卵検査・基礎体温・妊娠 【体験記・記録】

Yuko's Brand トップページへ > 赤ちゃんを喪った悲しみのプロセス  聖マリアンナ医科大学:橋本洋子氏 
 
Yukos Brand|3度の流産【体験談】 こころの回復

心:赤ちゃんを喪った悲しみのプロセス

 
 
鳥

赤ちゃんを喪った悲しみのプロセス
聖マリアンナ医科大学:橋本洋子氏
  

鳥

悲しみの道のりは、ある言葉での「共通性」と厳然たる「個別性」とがあること、
堂々巡りをするかのように見えて、少しずつ深まっていくものであることを、
援助者は知っていなければならない。


1.赤ちゃんが亡くなった直後

「頭の中が真っ白になってしまって何も考えられなかった」
「見えて聞こえているのは確かなのに、別の世界のでぎごとのようだった」
「夢を見てると思った。夢なら早く覚めて欲しいと思った」と、
後で振り返って述べられることが多い

2.圧倒的な悲しみの時

多くの場合、遅かれ早かれ圧倒的な悲しみが襲ってくる。
辛い事であるが、赤ちゃんが亡くなったことを実感して圧倒的な悲しみに身を委ねることは、
悲しみを癒す第一歩として必要なことである。

この時、亡くなった赤ちゃんに会わせてもらえなかったと思い、看取る事が出来なかった思い、
亡くなった赤ちゃんと共にいて悲しむ時をもてなかった思いを引きずって、
悲しみのプロセスが滞る場合がある。

親はそうした恨みつらみを十分に表現し、援助者はそれを十分に聴く事が、まず必要である。

3.「なぜ?」「どうして?」という問いの時

赤ちゃんが亡くなったことを心から実感すると、悲しみと共に「なぜ」「どうして」という疑問が膨れ上がる。

医療者に対しても、納得のいくまで説明をしてほしくて、繰り返し問いかけるこの時
「わかっていること」と「わからないこと」とを、医療者から繰り返し説明をしてもらうことが必要である。

親が医療者に疑問をぶつけることができない場合、
医学的な疑問の段階で、堂々めぐりが生じることになり、悲しみのプロセスは滞ってしまう。

医療者自身も「赤ちゃんの死」に「ある種の敗北感」を抱いているため、
繰り返し説明を求められることに耐えられなくなり、防衛的に動いてしまったり、
自らの感情の揺れを抑えようとして、必要的以上に事務的に接してしまうことがある。

このことも、親の悲しみのプロセスを阻害する要因となる。

医学的問題がある程度明確になることで、
「それでも、なぜ他ならぬ私の赤ちゃんが亡くならなければいけなかったの?」という
根源的な問いに戻る事ができるのである。

4.「怒り」の時

圧倒的な怒りのエネルギーは、対象を見つけて、矢印を向ける。
「怒り」が医療者へ向って噴出される場合も多い。

怒りの正当な理由があった場合は、当然誠実に対処される事が必要であるが、
そうでない場合も、医療者は両親の怒りを受けとり「どうしようもなかった」事情を
繰り返し明瞭に説明することが必要である。

両親の怒りに、怒りをもって対処してしまうなどの、医療者の不適切な対応は、
両親の悲しみのプロセスを阻害する大きな要因となる。

ある場合、「怒り」の矢印が周囲の人びとに向う。
母親が、悲しんでいるように見えない父親に対して怒りを覚える場合、
逆に父親が自分の悲しみを十分に表現できないことで、悲しみを表現している母親に対して
「いつまでもメソメソするな」と怒りをぶつけてしまう場合、
善意から出ていることが多いにしても、近親者のちょっとした言葉や、
赤ちゃんが亡くなった事に触れようとしない態度に怒りを感じる場合などがある。

もう一つ、とても困難な事態は、矢印が親(特に母親)自身に向ってしまうことである。
「私が〜しなかったから」「私が〜していれば」と、繰り返し自分を責めて、
この堂々巡りから抜け出られない場合も多い。

周囲の人々との間や面接の中で、「怒り」や罪責感が表現され受けとめられることで、
具体的な怒りがもう一度「私の赤ちゃんが亡くなられなければならなかった理不尽さ」
に対する怒りへと収束される時、悲しみのプロセスはさらに深まる。

5「物語」の模索の時

悲しみや疑問や怒りを徹底的に味わううちに、
「私の赤ちゃんが生まれ、亡くなったことの意味」へと思いが向う場合が多い。

自らの文脈で自らの「物語」を作る事で、「赤ちゃんのいのち」を自らの内部に定位させるのである。

しかし、以前のプロセスを充分通りぬける前に「物語」づくりが行われたり、
外部から押し付けられる形で行われたりするのは、悲しみのプロセスを阻害する可能性があるので、
援助者は注意しなけらばならない。

周産期の母子は分かち難く結びついた一対である。

したがって、周産期における喪失は、我が子を喪う対象喪失であることに加えて、かけがえのない自己の世界の中核を失うことでもある。母親たちは「子を産む女性としての自信や生きる自信そのものが揺らいでしまった」と訴える。

「前向きに」生きようと無理に自己を立て直そうとする時、逆に強い抑うつ状態に陥ることがある。

自己の喪失に対しても、必要に埋めようと努力するのではなく、「喪の仕事」が必要である。
喪の仕事をくぐりぬけることで、いつのまにか自分の力で立ち上がっていることに気づくものなのかもしれない。

ドット流産後の心・気持ち
ドット立ち直りのプロセス「喪の仕事」
ドット赤ちゃんを喪った悲しみのプロセス
ドットことば (書物より抜粋)
 昨日:  今日: Copyright c 1999-2008 "Yuko's Brand" all rights reserved. ブログパーツ