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Yukos Brand|3度の流産【体験談】 こころの回復

初めての流産|その後のこと

 
 
鳥

最初の流産 その後の気持ち (1995年 秋〜 )

鳥

流産後は「悲しい」というよりは「驚き」のほうが強かった。

「妊娠」という事実。「流産」という事実。 両方とも予定していなかったことなので。
これらに翻弄されて、嬉しがったり悲しんだりした日々を考えていた。

そして、少したってから急に悲しみがやってきた。

表面的には元気だった。 確かに、元気だった。明るい材料はいくらでもある。
旅行の予定も入った。 麻布十番祭りにも行って楽しかった。夫婦二人は気楽、どこへでも行ける。
子供がどうしても欲しかった訳じゃない。妊娠を知った時は2人とも「とまどい」のほうが大きかった。
なのに「元気になった」と言ったすぐ後で落ち込み、落ち込んで心配かけたあとで立ち直るの繰り返し。

おそらく丸ごと理解して欲しいというのは無理なのだろう。

自分でも元気なのか情緒不安定なのか分からなかった。子供が欲しかったのか、そうでないのかはっきりしなかった。
自分に分からない事を他の人に伝えられない。

よ〜ちゃんの実家には1ヶ月後に法事で行った。

「妊娠した事」「流産した事」も全く話題には出ず、気まずい気持ちだった。
唯一、親戚のオバサンが最初に私を見た時に 「あら?まだお腹がペッタンコねぇ〜」と驚いていた。
報告をしてから流産するまで1週間ちょっと・・・短い間にどこまで伝わったのだろうか?
「妊娠」の報告をした人は「流産」の事もちゃんと報告しておいて欲しいと思った。
「流産しちゃったんです」と伝えたら、「流産は癖になるから気を付けないと」・・・と、言われた。

その日の帰り道、よ〜ちゃんに私が傷ついた事を伝えてみた。 「気にするほどのことじゃない」とあっさり言われてまた悲しくなった。私の妊娠と流産に対して話し掛けてくる人達の言葉に泣き出しそうだった。

「どれが本当でどれが嘘なのか?」「流産は何故したのか?」

きちんと自分で流産のことを分かってないと、他人の一言に翻弄されてしまう。
次の妊娠は考えていなかった。 でも、次の妊娠をする前に納得いくまで勉強するつもりだった。
その頃、私の周囲に「流産した人」はいなかった。流産した人が15%以上もいるということも知らなかった。

時々思い出しながらも、普通に生活していた。

そして、しばらく後。 生まれて初めて「流産」「子宮外」経験者に会った。
会社が終わった後その人達と飲みながら時々その経験をお互いに話すことがあった。
同じ経験をした人がいて、その人たちと話すという事は私の癒しになっていった。

流産から2年後

次の子供はあるきっかけで考え始めた。お盆休みにイギリスに旅行に行く予定だった。
ところが、急遽よ〜ちゃんが会社の都合でイギリスに行く事になった。

7月初め: よ〜ちゃんイギリスに出発。

イギリスはとても行きたかった場所。 行った後に妊娠したらとてもいいかもしれない・・・と思った。
何か「妊娠」するような切っ掛けが欲しかったのだろうと思う。
「イギリスに行くことをご褒美にして、頑張ってみようかな」という妊娠への励みのような・・・。
しかし、10月末に妹の結婚式がハワイで行われる。
それには出席したかったので、ハワイが終了するまでは、妊娠を考えずゆっくりしようと決めた。

何も予定がないゆっくした日々の中で妊娠しないと不安だった。

ドット最初の流産
ドット最初の流産 その後

ドット2度目の流産
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 (流産3回・ リンパ輸血)
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