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Yukos Brand|3度の流産【体験談】 こころの回復

2度目の流産 身体のトラブル・不安の中で妊娠解禁時期になりました

 
 
鳥

2度目の流産 妊娠解禁(1998年 3月〜))

鳥

いつもそうなのですが流産した後は 「ちゃんと子供出来るかな?」と不安になります。
手術後の子宮がきれいに元に戻っているかとても心配になります。

今回は私が風邪をひいていたために、手術後に風邪のウイルスが子宮の傷口から入って、子宮内膜炎を起こして炎症を治療したので、気がかりでした。・・・癒着してないか?排卵はきちんと起こっているか??

3月
とりあえず排卵検査薬を試してみました。 5本使って全部陰性

4月
この時は排卵と思われる日にちの後に、Hmg注射(ヒト絨毛ホルモン)1日おき3回ほど受けました。前回、流産の手術を受け、漢方薬を処方された個人病院に通院していました。このホルモンを打つと、もしも受精していた場合、着床しやすくなるのです。

でも、この1回の注射経験で私の身体は妊娠に似た状態になりました。胸が張ってだるくなりました。妊娠への不安と流産の不安が一杯に広がって、どうしようもなくブル−になってしまいました。

「もし、妊娠していたらどうしよう!こわい・・・」

私はまだ妊娠を考えられるほど心が正常に戻っていなかったみたいです。

・・というのは「妊娠解禁」にはなったものの、次の妊娠に備えて何の準備もしていなかったから。。。
次は絶対に悲しい思いはしたくなかったから、もっと身体も心も準備しておきたかったのです。

結局、この時は妊娠はしていませんでした。
でも、この経験によって「もう少しゆっくりと癒してから次に進もう」、 という気持ちになりました。

妊娠したらきっと安静の日が続く。 子供が出来たら2人で楽しむ時間も少なくなる。
その前に、旅行も行こう。 おいしいものも食べよう。おしゃれもしよう。
そしてその間に身体を整えてみよう。 体力つけて元気になろう。
・・・そう思ったらとても気が楽になりました。

そして、「これが夫婦2人で楽しむ最後かもしれない」と思いながら思い切り楽しみました。
強がりじゃないのです。 ホントに妊娠を考えないで楽しむ時間でした。

でも、本当は時々はケンカもしました。
ケンカというよりも、私が不安や苛立ちから来るモヤモヤをぶつけるといった感じでした。

「今作ったら上手くいくかもしれない」
「このまま子供がもてないと何言われるだろうか?」
「私の気持ちが分かってるの?」
「子供欲しくないの?」
「もう、子供なんて要らない」

そんな様々な気持ちから発した、定期的な爆発でした。それでも、ちょうどガス抜きのような役目をしたのでしょう。
時間が経つにつれて爆発は無くなり、二人の間では気持ちが楽になっていました。

ただ、よ〜ちゃんの実家に行くとどうしても悲しく、苦しくなりました。
これは、「嫁」とか「孫」とか「どうして流産したの?」「次のことは考えているの?」
を、感じる(被害妄想かも・・・)からだと思います。

そして、もうすぐ春生まれの子供が出来るという初夏の時期。私は妊娠や子供にそれ程とらわれなくなっていました。 それくらい落ち着いて、子供に関しての平常心が戻ったんですね。

「もうちょっと後でもいいかもしれないな〜」と思いつつも、「せっかく春生まれの子供が出来る時期だし」と考えて妊娠に踏み出そうとしていました。そして、妊娠前の「最後になるかもしれない旅行」の計画を練っていました。

冷え性の私は暖かい時期に妊娠初期を過ごしたほうがいい・・・と、自分で思い込んでいたところもありました

ドット最初の流産
ドット最初の流産 その後

ドット2度目の流産
ドット2度目の流産 その後
ドット検査を受けました
ドット妊娠解禁
ドット4度目の妊娠を決意
ドット妊娠「超」初期
ドット3度目の流産
ドット3度目の流産 その後
ドットさちこさんの体験
 (流産3回・ リンパ輸血)
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