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Yukos Brand|3度の流産【体験談】 こころの回復

3度目の流産その後|化学的流産 ・・・心の痛み

 
 
鳥

3度目の流産 その後 (2003年 11月)

鳥

■11月21日(金)

赤ちゃんが出来たけれど、今は産みたくなくて手術を受けた人と会いました。私が「流産しちゃった・・」と話すと、「私もこの前手術したんだよねー」と。

子供が欲しいか欲しくないかはその人個人の問題だから別にいいのだけれど、手術は痛みでもあるから「身体、大事にしてね・・・」って思いました。こういう時、私も友達も「女なんだな」って実感します。

避妊の問題も含めて女性を守ってあげないと。 夫婦二人の問題だからな。コンドームが嫌いなら、何かあったときに女性に負担がかかるだけでしょ。ピル飲むのも、リング入れるのも大変。身体に合えばいいけれど。オギノ式や基礎体温だけだと不確かだよね。可能性はあるから。

あ、でも、「私の丈夫な赤ちゃんが、ゆうこさんの方にくればよかった」って・・・それはブラックジョーク過ぎますよぅ(笑)「そだねー」って笑おうとしたけれど引きつってたかも。でも、彼女にそういうこと言われても平気なんだけれどね。

しっかし、ほんと、私も丈夫な受精卵が来て欲しいよ〜ぅ!

■2003年12月8日(月)

突然その状態がやってきました。。。

体が冷たくてお風呂に入っても暖かさを感じない。感覚が麻痺してしまったかのように。
身体をつねってみたけれど痛みも鈍い頭の中がパニックで、自分を観察しようと思っても何も考えられない。

この日から3日間眠れませんでした。
身体は疲れているのに、横になっても眠りが来ません。「眠る」という普段なら出来ていたことができません。最初は「神経がたっているからかな?」と、気にしていませんでした。眠れない夜もたまにはありますよね。
でも、48時間眠らずにいた2日目くらいから・・・ 眠りたいけれど眠れない状態に疲れてしまい、それを相談した友達がくれた「ハルシオン」という睡眠薬を飲んでみました。初めて飲みました。。。でも全く眠れません。
眠るって簡単なことだったのに。

そして眠ることだけでなく、この日から食事も出来なくなっていました。私たち、食事って自然に出来ますよね?食べ物を口に運んで、飲み込むだけのこと・・・なのに、口元まで持っていっても何故か口に入れられないのです。不思議です。手が止まってしまう。そして無理やり口に入れても飲み込めないのです。食べることを忘れてしまったみたいに。。。

水だけはようやく飲めたので、飲んでいました。3日間水だけで過ごしました。

それから、いつも涙がこぼれて、胸が苦しくてたまらなくなりました。何か起こっても何かを見ても虚ろな感覚・・・そして、笑おうと思っても笑い方を忘れたように表情が出てきません。自分でもどうしたらいいのか分からない。。。とにかく自分が壊れないようにそっと息をしていました。

(後から思いましたが、初めてのことは、自分でもわからないことだらけですよね。こういう状態が「鬱」だと知った今は、自分も含めて誰かが同じような状態になれば「あ、鬱かも?」って判断できそうですが。)

ヨロヨロといろんな日常をこなしているけれど、体が勝手に動いて、今まで覚えていた仕草をしているだけ。 気持ちを立て直そうとしても何も浮かばない。

4日目の朝、食べられず、眠れず、涙ばかりこぼしている私を見て、よ〜ちゃんがいいました。

「おかしい。・・・きっと病気だよ。精神科に行こう」と。。。。
「私が精神科に?」・・・不思議でした。
「今は苦しいけれど、そのうち自分でこの辛さを越えられるはず」と思っていました。
食べられず眠れないこんな状態が数日続いても、「私はまだ頑張れる」と思っていたのです。

(でも、脳みそ(心)の問題身体に出て、それが途切れなく続くほどになったなら、自分でコントロールできなくなってしまった証拠なのかもしれないですね。眠ることすら自分の力で出来なくなっていた私。食べることすら忘れてしまった私。なのに、「まだまだ頑張れる」って思っていた・・・不思議です。普段通り私なら、こんな状態になったら「疲れた」「苦しい」「もうダメ」「病気かもしれない」なんて自分から誰かに言っていそうです・・・)

本当に病気になってしまったときって、苦しんでいる本人は気づく余裕もなく苦しんでしまって、その姿を見て周囲が先に気付くこと・・・多いのかもしれないですね。。。誰かに私の状態を気付いてもらってよかった

よ〜ちゃんは、その場でHPを調べて、会社に遅刻の電話していました。
私は苦しい身体で車に乗せられ、30分かかる大きな病院へ行きました。

もしかしたら、この苦しさから離れる方法がわかるかもしれない
まさか、精神病院で私に診断が下って、病名がつくことはないだろう

病院に行っても、そう思っていました。そこは大きな病院で閉鎖病棟とかありました。
パジャマを着た暗い感じの人もいました。私は自分自身を元気そうに思えました。

でも、診断の結果は・・・「鬱病」でした。

「原因」となる出来事は確かにあって、その悲しみにより、脳みその物質が阻害された結果、このような状態になってしまったそうです。この状態になったら、「気力」や「休憩」だけでは到底治らず、薬で物質をコントロールし、ゆっくり休養して時間をかけて元に戻していくしかないそうです。

よく「心の風邪」と表現される鬱ですが、そんなに優しいものではなかったです。なので、最近は「心の癌」と呼ばれるようにもなったそうですね。

この日から、この壮絶な病気との闘いが始まりました。

■2005年1月(追記)

この出来事の後、病院へ通い、1年経った現在、薬もゼロになりました。卒業することができました。

にもいろいろな段階や種類があるそうですが、私の場合は「強いショック」から来るものだったようです。
当初の程度はどうあれ、 原因となったそのショックが癒されて、「楽しい」を感じる「心」をつかさどる「脳内物質」が出るようになればOKだったそうです。

その最中は「いつまで続くんだろう?」と不安に思うし、とてもとても辛かった・・・でも、コントール不可能となった脳の物質(セロトニンとノルアドレナリン)が正常に供給されるようになれば、「治る病気」です。もしも同じような人がいたら、「治るよ」と言いたいです。そして優しい、人への気遣いがある人、真面目な人にこの病気は起こりやすいのです。

それでも、私自身は「自分が?まさか?」と思っていた病気になってしまったことで、もちろん身体も苦しかったのですが、自分というものが自分自身で信じられなくなり・・・、メンタル面でのダメージがとっても大きかったです。 うつ病の人を見た事のない私の周囲はもちろん、家族も親戚も、自分自身でもとても理解しにくい病気でした。
(怪我や身体の病気ならば目に見えたり、わかりやすいのですがね。もちろん、見えないところが傷ついているのは確かなんですが・・・)

世間の一部には「偏見」もあります。わたしもそういう言葉を聞きました。けれども、それは無知から来るものです。それはわかっていても、一時期は絶望とどん底の気持ちでした。

(流産に対する偏見、子供のいない人に対する偏見と同じ・・・無知からくる周囲の態度も感じました。そして、それは実は自分自身の中にもありました。私が?どうして?・・とね。その自分の中の偏見を見つめるいい機会でした)

勉強も出来、人とも楽しく会話できて、運動だって大好きな・・・私は普通に明るく生活しているひとりの人間だった。でも切っ掛け(今回は妊娠に対しての思いを裏切られて流産となってしまった結果と、その流産の悲しみを自分自身で押さえ込んで「大丈夫だよ」と自分にも周囲にも元気で平気な顔をし、更には自分へのケアはしてないのに人のケアをして心配したり手を貸したり・・・自分を甘やかさないでい続けたこと)、があれば、なる可能性のある病気なのだと、私自身が身をもって知りました。無理しすぎです。

これが、今回学んだことの大きな一つ。
・・・そして、それは自分が「まさか?」と思っていた流産をしてしまったときに思ったことと同じなのです。

ひとつは、世の中の出来事は他人事じゃない・・・自分にも起こり得る事なんだということ。
そしてもう一つ。流産でも不妊でも病気でも、「偏見や差別は無知から生まれるのだ」ということ。

苦しいことだって知らずにいるより、実感として知っていたほうが人間優しく強くなれると思うのです。

病気を知って治すために、今回も結局いつもの私がとる方法をとりました。
「乗り越える」=「いろいろな本を読んで正面から勉強して対策を考えてみる」方法です。
医者の言うことはもちろん守って過ごし、模範的な患者だったと思います。

更には、「自分に何が起こったのか」を知るために、大学に入って精神分野心理学を学習してみました。
それと平行して、英語を勉強しなおして、資格をとりました。これも「自信」に繋がりました

「薬で治すだけでは再び後戻りしそうで心配なので、認知療法をして考え方の癖を矯正しています」と、
自分が勉強したり考えたことを医者に伝えたとき、「おめでとう。あなたは近いうちにきっと治るわ」と笑顔で言われたのが忘れられません。

変化の多い、一年でしたが、それなりに得たものも大きいような気がしています。
その渦中にいるときは「いつまでこの症状が続くのか?」と何度も何度も不安にもなりましたが。
今は仕事も始めました。友達と遊んで、よく眠り、よく食べ、仕事もして家事も育児もしています。
まったく元通りです。でも、一つ大きな経験をして、「越えた後の元通り」です^^

きっかけとなった妊娠や子供に関しては「もう、これだけ頑張ったからいい?」って気持ちになっています。
4回妊娠したって、今時の女性にしたらまあまあですよね。。。

今の気持ちは「新しい一年が素敵になりますように」かな。
元気でむかえる2005年が嬉しく思えるのは、幸せなことです。笑える事の歓びが今までよりも大きいです。

たかが「流産」されど「流産」。 周囲が思うよりも、本人は傷ついている場合もあるのですね。
それどころか、当の本人さえ「大丈夫!」と否定していた悲しみ・・・病気となって私に表れてしまいました

身体のケアと同時に、 心のケアは大切です。
きつい体験をして、大変な思いをした後は、周囲の人の協力も得ながら、自分自身を労わってくださいね。

私のようにひどくなってしまう前に。自分を責めずに身体も心も解放してあげてくださいね。

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